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最上 徳内

  最上徳内は、現在の 村山市楯岡 で貧農の子として生まれたが、「侍になる」決意を固めて江戸に上り勉学を重ねた。その努力が徳川幕府に認められ、1785年から1809年まで9回にわたり、蝦夷地や北方領土を探検。近藤重蔵らと初めてエトロフ島に上陸し「大日本恵登呂府」の標柱を建てた。

 交流のあったドイツ人医師シーボルトは、その著書「日本」に徳内が作成した北方地図を掲載し、「18世紀における最も傑出した日本の探検家」として最大級の言葉でほめたたえている。


最上徳内記念館  
TEL 0237-55-3003 最上徳内肖像

 村山市が生んだ江戸時代の北方探検家、最上徳内の功績をたたえて建てられた記念館。書物・測量器・北方の地図・択捉島に建立した標柱などの資料が展示してあり、当時の壮大なロマンが感じられる。
 また、敷地内には、徳内が北方探検の際に 親交を結んだアイヌの人々の住居(チセ)を復元建立し、アイヌの生活用具等を展示している。

 

最上徳内肖像画
最上徳内記念館
アイヌの館(チセ)
最上徳内記念館
アイヌの館(チセ)
徳内まつり
 
徳内まつり

 郷土の先人、最上徳内が、北方探検の時に活動の拠点としたのが、現在の 北海道厚岸町 です。そして徳内が、探検の成就やこの地の安寧を願い厚岸に神明宮(現「厚岸神社」)を建立したのが今から約200年前のことです。
  この徳内ゆかりの厚岸神社の祭りで古くから受け継がれてきたお囃子は、徳内の故郷村山市で「徳内ばやし」として、地域に深く根づいています。
  「徳内ばやし」は、鉦、笛、大太鼓、締め太鼓、掛け声などからなる囃し手が、豪華絢爛な山車に乗り込み、踊り手は鳴子を手に、テンポの良いお囃子に合わせて力強く、また軽快に踊ります。
  毎年8月下旬に3日間行われる「むらやま徳内まつり」のメインイベントとして披露され、20数団体、約6,000人もの参加者が鳴子を手に力強く踊ります。今や山形県を代表する祭りとして、その名を馳せています。





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